沖縄に家族で行ってきた!

今回の沖縄旅行。

初めての沖縄のビーチ。
初めの3日間は思いっきりビーチと沖縄の
文化を満喫しました。
海のキレイさはもちろん、感激したのは
やっぱり砂のキレイさ。
でも、島人ぬ宝に出てくるように
サンゴもよごれてるし、魚も減ってるんだろうな
と思うビーチもありました。

子どもは残念なことに、ちょっと足を切ってしまい
ましたが、ビーチも美ら海水族館にも満足していたし
今回の沖縄旅行も大成功かなーって。
でも、最後1日の予定がどうかな、と思ってました。
最終日は戦跡めぐり。時間的にどれだけ余裕が
あるかわからなかったけれど、基地と戦跡をどう
見せようかと思っていました。時間を考えて基地は
今回は無理、ということで、

■旧海軍司令部壕
http://kaigungou.ocvb.or.jp/
■平和の礎
http://www.pref.okinawa.jp/site/kankyo/heiwadanjo/heiwa/7791.html
■沖縄県平和祈念資料館
http://www.peace-museum.pref.okinawa.jp/
■ひめゆり平和祈念資料館
http://www.himeyuri.or.jp/JP/

ここに行ってみたいと思っていた。

でも、実際は壕で既に気力を持っていかれちゃった。
まずは資料館をくまなく見て歩き、ケガした足をひきずり
ながらも、娘は全ての資料に目を通していた。
これは意外だった。
娘はまだ小さかった頃、深夜夫と一緒に見ていた
サイパン島でのバンザイクリフの米軍撮影のドキュメンタリー
を、夜中に起きた娘も一緒に見てしまって以来、
戦争モノを嫌うようになってしまった。

いっしょに広島や長崎に市民親子記者として訪れることを
待っていたのに、それも断られてしまった。それだけに、
今回の沖縄はどうやって戦跡を見せて歩こうかと思っていた。

その後実際に壕を歩き始めて、ジメジメとした場所を
歩いていると、なんだか気味が悪いという印象しか
思えずに、先人達に失礼だなぁと思いながらも正直な
感想はそれしか出てこなかった。

が。

幕僚室に入ったその瞬間、足の裏がざわざわと、というか
モゾモゾと、というか何とも言えない感覚に襲われ、
膝がガクガクしてしまった。
説明を読むと・・・
「幕僚が手榴弾で自決した時の破片のあとが
当時のままくっきりと残っています」
と書いてある。

それを見た娘は、ひとこと。

「昔から日本人って戦に負けると自分から死ぬんだね。
白虎隊とかもそうでしょ?」

自決の事実も辛いけれど、その人達が沖縄の人達に
どんなことを強いてきたのか。
もちろん、強いられもせずに自ら皇国のため、と身を
なげうった人もいただろう

それを思うと、この足の裏のモゾモゾが何なのか、
今まで本やテレビの中のことだったものが、なんとなく
肌で感じられた、そんな気がしました。

思いの外、この壕で時間を取ってしまったので、あとは
どこへ行こうと夫と相談して、平和の礎へ行くことに。
でも、どう考えても資料館を見るのは飛行機の時間を
考えても難しかった。

平和の礎では、沖縄戦で無くなった日本人だけではなく、
諸外国の方たちの名前も刻まれ眠っている。
戦争で亡くなったのは、日本や沖縄の人達だけじゃない。
上陸したアメリカ兵も沢山亡くなっているし、韓国や
朝鮮の人達だって亡くなっているんだ。

戦争って唯一の殺人が認められている行為だと改めて
思った。
戦場に行けば、敵も味方もなくなるって話をどこかで
聞いたことある。あまりの悲惨さや恐怖に、味方を
誤って撃つことだってある。
そして、地上戦のあった沖縄では、日本の軍人や兵隊
アメリカの軍人、兵隊だけじゃなく、「一般の沖縄の
人達」も亡くなっている。お年寄りも、女も、子どもも。
戦争ってそういうものなんですね。

娘が不意にひとこと。

「戦争で人が亡くなるっておかしい。偉い人がゲームで
勝ち負けを決めればいいのに」

結局、資料館には行けずに次の沖縄旅行までの宿題と
することにした。

最後に、旧海軍司令部壕で見た、大田實司令官の
「沖縄県民斯ク戦ヘリ」
を、沢山の皆さんに読んでいただきたいと思います。

最後のこの一文

「沖縄県民はこのように戦いました。県民に対して
後世特別のご配慮をして下さいますように。」

と大田司令官は書いています。今の沖縄の現状を
いっしょに考えてもらえれば、と思います。

http://kaigungou.ocvb.or.jp/shiryokan.html#denbun

わかりやすいよう、現代文に直した方(PDFファイル)
もリンクしておきます。

http://kaigungou.ocvb.or.jp/pdf/denbun(yaku).pdf


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